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前橋地方裁判所 昭和57年(ワ)135号 判決

主文

被告は原告らに対し、金六五〇万円の支払をせよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担、その余を原告らの負担とする。

この判決は、原告らの勝訴の部分に限り仮にこれを執行することができる。

事実

一  申立て

原告らは、「被告は原告らに対し、金二〇〇〇万円の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。

二  原告らの主張

1  丸山精一は昭和五四年九月一〇日午前一一時三五分ころ、原動機付自転車にて沼田市九六〇番地の一付近市道交差点に差し掛かつた際、訴外小室幸運転の普通乗用自動車と出合い頭に衝突して(以下、「本件事故」という。)右大腿骨、右足関節三踝部を骨折し(以下、「本件傷害」という。)、直ちに入院手術を受けた。そして翌五五年二月四日退院したが、通院加療中の同年四月一四日、心不全に因り死亡した。ちなみに亡精一は、かねてから慢性肺性心および慢性気管支炎(以下、「基礎疾患」という。)に罹患していた。

なお小室運転の自動車には、被告を保険者とする責任保険が締結されていた。

2  本件事故と精一の死亡との間には、相当因果関係が存する。

すなわち、精一の基礎疾患は死因たりうる病態にはなかつたが、本件傷害の治療のため長期にわたり下肢の固定(退院時も装具固定のままであつた。)と仰臥位を余儀なくされたことが、心肺機能を更に低下し、ひいて基礎疾患の増悪を来したのである(なお手術ないし輸液の負荷、及び脂肪塞栓症の併発も十分に考えられる。)。ちなみに昭和五五年三月下旬ころ亡精一の気管支炎が増悪したのが仮に事実としても、事故に因り低下した心肺機能が事故前の状態まで回復していなかつたと考えられること及び長期臥床が気管支炎を招き易いことに鑑みれば、本件傷害と精一の死亡との因果関係はやはり否定できない。

3  亡精一は工員として月平均三一万二八〇〇円の給与を得ていたが、死亡時五四歳であつたので、その可働年限は一三年(新ホフマン係数九・八二)、生活費割合を三五パーセントとみると、逸失利益は金二三九六万一六六八円である。

そして原告いしは妻、その余の原告らは子として亡精一の権利を相続承継した。

4  よつて原告らは、保険金額二〇〇〇万円(仮に本件事故と死亡との因果関係の認定が困難とするなら、責任保険損害査定要綱に基づき右金額の五〇パーセント)の限度において、被告に対し損害賠償額の支払を求める。

三  被告の主張

1  二項1を認めるが、2・3は争う。

2  本件傷害が軽快したからこそ亡精一は退院を許されたのであるし、その後も月一回の通院にてなお治癒傾向にあつた。而してこの間、基礎疾患の治療も続行されていたところ、昭和五五年三月下旬から気管支炎が増悪して心不全に陥つたのであるから、精一の死亡が本件事故と因果関係を有しないことは明らかである。

四  証拠

記録中の書証目録および証人等目録のとおりであるので、これらの記載を引用する。

理由

一  事実欄二項1の各事実は、当事者間に争いがない(ちなみに直接死因となつた心不全とは、乙第三号証によれば、心臓じたいに障害があつて全身の臓器組織へ必要な量と質の血液を拍出しえなくなつた状態を言い、あらゆる心臓疾患の末期症候である。)。

二  本件の争点は、本件傷害と精一の死亡との因果関係の存否、とりわけその相当性にある。

そこでこれを証拠によつて審究するのに、成立に争いない甲第一四・一五号証、第二三・二四号証の各二、第二五号証の二・三、乙第二・三号証、証人富岡眞一・同渡辺富雄の各供述およびこれらにより成立の真正を認めうる甲第五・六号証を総合すると、左記の事実を認定することができる。

1  亡精一は昭和一七年ころ(満一六歳ころ)胸郭成形術を受けたが、その疾病は肺結核および脊椎カリエスと解される。そしてこれにより、慢性肺性心および慢性気管支炎(すなわち「基礎疾患」)を後遺した。

2  慢性肺性心とは、心臓じたいには原因がないが、肺疾患のため右心室の負担加重・肥大拡張ついには右心不全を起こすに至るものであつて、呼吸困難・咳・痰・チアノーゼ・頸動脈怒張・顔面浮腫・肝腫脹などを主徴とする。また慢性気管支炎は、慢性または間欠的にくり返される気管上皮組織および腺組織における粘膜分秘過多の状態であつて、同じく咳・痰・呼吸困難などを主徴とする。

3  みぎ基礎疾患により亡精一は、肺機能とりわけ換気機能(空気を肺に出し入れする主として力学的機能)が低下し、昭和四八年春ころ入院、以降も月二回位の通院加療を継続しつつ、工員として稼働していた。しかしながら拘束性換気障害(肺が完全に拡張できぬ状態を言い、亡精一の肺活量は予測値の二七ないし四〇パーセントであつた。)が著明で、呼吸筋が疲労するため肺胞低換気(動脈血の炭酸ガス分圧の上早)を起こしており、昭和五三年一月ころから浮腫、翌五四年六月からは胸部痛をも訴え、事故直前の同年八月ころ軽度ながら心不全に陥り、強心薬等を投与中の状況下で本件事故に遭遇したのである。

4  本件傷害に対する手術は事故当日に一時間五五分を要して行なわれ、一〇月一九日には起立訓練を開始し、その後良好な経過をたどり翌五五年二月四日長下肢装具固定のまま退院した。

5  なお昭和五四年九月一〇日から二四日ころまで喘鳴・呼吸困難・咳・痰・顔面浮腫など基礎疾患が急性増悪した徴候が認められ、これは投薬治療の結果概ね軽快した模様であるが、退院後も基礎疾患の治療は継続され、昭和五五年四月一〇日の通院時には咳・痰の愁訴があり抗生物質等の点滴および強心薬等投与の処置がとられたものの、四月一四日トイレで昏倒し心停止呼吸停止に至つた。

6  肺の拡張性が制限されたり気管支炎などによる呼吸障害が生ずると、心臓がこれを代償して血液ガスの酸素・二酸化炭素圧を保つが、みぎ代償の負荷が過分になると心不全に陥る。肺活量が予測値の二七パーセントにすぎぬとすれば、心臓の負担は極めて大きいと言わざるを得ず、代償不能となつて突然死に至ることは十分ありうる。

なお一般に臥位は、換気機能を障害する因子となる。

叙上の各事実を踏まえて考察すると、亡精一の基礎疾患はかなり重篤であつて、同人が早晩これを原因として死に至ることもあり得たのは事実と言わねばならない。しかしながらその半面で、本件傷害じたいはもとより死因たりうるものではないが、亡精一のごとくとりわけ拘束性換気障害の酷い者にあつては、その治療のため長期にわたつて臥位を強いられたことが原因となつて低酸素症の状態にさらされ、ひいて基礎疾患が増悪し少なくとも精一の死期を早めた蓋然性が高いことも、否定しがたいところである(なおその予後が比較的順調に推移したとしても、前出証人富岡の供述に鑑みると、事故前の症状に回復したことまでは確信をもつて推断できない。)。

それゆえ、精一の負傷と死亡とが時間的に接着していないことを強調して本件事故と死亡の因果関係を全面的に否定する証人渡辺の供述および同人作成に係る乙第三号証の結論部分には直ちには左祖できないが、さりとて、精一の死亡の責任のすべてを本件事故に帰そうとする原告らの主位的主張も、健全な常識を承服させるにはほど遠いものがある。よつて本件事故と精一の死亡との間の因果関係を一応肯定すると共に、右の事情は原告らが被告に求めうる損害賠償額を定めるに際し十分に斟酌することが、双方の衡平を図る所以であると考える(責任保険の損害査定要綱において「受傷と死亡との因果関係の認否が困難な場合は、減額を行う。」旨定められていること(成立に争いない甲第二六号証の三)も、少なくとも不法行為に基づく賠償範囲の画定に関する限りは、右のごとき割合的判断の合理性を裏付けるものと思われる。)。

三  次に亡精一が蒙つた損害を検討するに、原告いし本人の供述およびこれにより成立の真正を認めうる甲第七ないし第一〇号証によれば、亡精一は本件事故当時有限会社日東工芸に勤務し月平均一七万〇五七八円の給与を得ていたと認められるので、死亡時五四歳から可働年限六七歳までの間の逸失利益を、中間利息をホフマン方式により、また生活費を三五パーセントと見て各控除して求めると、金一三〇六万五五九二円となる。

そして成立に争いない甲第一号証によれば、原告いしは亡精一の妻、その余の原告らはその子として亡精一の賠償請求権を相続承継したのであるが、原告らにおいて自賠法一六条・同施行令二条一項一号に基づき被告に対する支払請求を許されるのは、前掲事情に鑑み右金額の約五〇パーセントに該る金六五〇万円に留めるのが相当である。

四  よつて原告らの請求は主文第一項掲記の限度で理由があるので、民訴法九二条・九三条・一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 春日民雄)

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